ひんやりとした渓流の水は、絶えることなく流れ続けています。
長雨が続く二期の森には鮮やかなアジサイが咲き誇り、その花に見とれているうちに
すっかりと夏の様相に変わってきています。
アジサイ
ヒマワリ
イヌザンショウ
オカトラノオ
木漏れ日の中を歩いてゆくと、セミたちの奏でる音色が聞こえてきます。
草むらを色とりどりのトンボとチョウが飛び交い、森の中にはクワガタや
カブトムシが樹液を啜っています。
まるで森の中は昆虫たちに支配されたように感じられます。
セミのぬけがら
カブトムシ
暑さの盛りは、すなわち夏の終わりでもあります。
8月に入ると森の中は少しずつ秋へと移り変わってきます。
森のコンシェルジュ
舘田 貴明
あぜ道にそれとなく生えています。
いわゆる雑草のひとつですが、花も茎もエッジが強いのが特徴で、
見れば見るほど造形について考えさせられます。
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舘田 貴明
江戸時代後期、オランダの軍医としてドイツ人のシーボルトが来日したときに、日本固有種である
アジサイたちは世界から「発見」されました。
装飾花だけのホンアジサイはその「発見」者の命名権に従いOtakusaという名前で学会に発表されます。
その名についてシーボルトは、長崎ではアジサイのことをOtakusaと呼んでいたと著書に記していますが、
実際には現地でそのような名前で呼ばれていたことはありませんでした。
ただ、彼の出島での滞在中の愛妾であり、娘まで設けて家族として共に暮らした楠本 滝は、
「お滝さん」と呼ばれています。その愛する人の音から「オタクサ」と名付けられたと推測されています。
残念ながらシーボルトよりも先にアジサイを学会に発表した人がいたために、その園芸品種である
ホンアジサイは同一種とされ、Otakusaという名は正式には採用されませんでした。
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舘田 貴明
那須でも様々なアジサイが満開です。
見慣れたアジサイの花も、実は日本固有の植物のひとつです。写真のように周りにだけ装飾花が
つくものが野生種でヤマアジサイの他には、エゾアジサイやガクアジサイがあります。
全て装飾花のものはテマリ型と呼び、種子ができないために山野には自生していませんでしたが、
ホンアジサイという品種になり、古くから庭木として人々に愛され続けてきました。
江戸時代後期になると、初夏に咲き誇る色鮮やかなアジサイは東洋のバラとして珍重されるようになり、
欧米各国で盛んに品種改良が進められます。やがて見慣れた様相の立派なセイヨウアジサイが開発され
そのアジサイを日本が逆輸入するようになりました。現在庭先で見られるアジサイは、このセイヨウアジサイを
基に、さらに品種改良を行ったものが多くなります。
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舘田 貴明
古くは「忘れ草」と呼ばれていました。
中国から渡来したこの花は、人々の憂いを忘れてくれるものとして珍重されました。
故郷を忘れ新天地に赴くときや、忘れがたい淡い想いなどを
この「忘れ草」に託して詠んだものが万葉集にも見られます。
『忘れ草 我が紐に付く 香具山の 古りにし里を 忘れむがため』 大伴旅人
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舘田 貴明
足元に咲く小さな花ですが、ラン科特有の気品が漂います。
花たちが一列に巻きつくように付くため、まさに「ねじれて」います。
ちなみに巻き方は右回りも、左回りもあり、どうやらどちらでも良いようです。
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舘田 貴明
夏の盛りになると、極端に野山の花は少なくなりますが、
長い期間つぼみで過ごしたリョウブがここぞとばかりに花開きます。
リョウブは全国で普通に見られる樹木で、飢饉などに備えた
救荒植物として各地に植えられたと言われています。
二期の森では適度に明るい森の中や、林縁などに中低木が生育していますので、
大昔に植樹されたものの末裔か、もしくは自然に育ったものかは、もはやわかりません。
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舘田 貴明
秋の七草に数えられるキキョウの花が咲きました。
凛とした佇まいに、清らかな色合い、そして日に日にぽっこりと膨らむ
風船のような可愛らしいつぼみと、どれをとっても完成されていて
キキョウは万葉の時代から愛されてきた花のひとつです。
また、日本全土に普通に自生していたキキョウは、鑑賞だけでなく
「桔梗根」という名の生薬や、漢方薬の方剤としても古くから利用されていました。
しかしながら、現在では自然環境下の個体はなかなか見つけることが出来ません。
身近な存在も、いつの間にか高嶺の花になってしまったようです。
『女三十桔梗の花に似たるあり』 松瀬青々
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朝に咲いた花は、昼間にはしぼんでしまいます。
鮮やかな色合いの青い花は、小さいけれども夏の草むらによく映えます。
ツユクサは生薬としても利用されていて、オウセキソウ[鴨跖草]と呼ばれることもあります。
また、身近な存在であるツユクサは万葉集の時代から親しまれていて、
色素が付きやすいのでツキクサ[着草]、更に月の字を宛てて[月草]と表し
せつない心変わりなどにたとえて詠われていました。
『月草のうつろひやすく思へかも 我が思ふ人の言も告げ来ぬ』
坂上 大嬢
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舘田 貴明
キッチンガーデンで栽培しているアイスプラントにも花が咲きました。
葉っぱの水滴のように見えるものは、体内から排出された塩分が溜まっていて、
プチプチとした食感と、程よい塩気を楽しむことができます。
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小雨が続く二期の森。
色鮮やかなキンシバイの花には、ミツバチたちが蜜を集めにやってきます。
同じ色合いなので、何か惹かれるものでもあるのでしょう。
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舘田 貴明
山菜で有名なモミジガサ(しどけ)とよく対比されてしまいます。
どちらも茎がすらりと伸び、大きな葉っぱが傘のように覆うのが特徴で、
ヤブレガサの方は葉の切れ込みが深く、モミジガサはやや浅めです。
モミジガサは葉っぱをモミジの葉に見立てて名付けられましたが、
こちらは芽生えのときの様子から、ボロボロの破れた傘に見立てられました。
二期の森では両方ともに生息していますので、比較するにはちょうど良いところです。
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別名シャラノキ [沙羅の木]。またサルスベリとも。
絶え間なく照りつける夏の陽射しの中で、気品ある清楚な花を咲かせてくれます。
樹皮はサルスベリのように滑らかで、庭木や寺院などによく植えられているのを見かけます。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず ただ春の世の夢のごとし たけき者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ」
平家物語冒頭の沙羅双樹とは、仏教の三大聖樹のひとつであるインドに原生する大きな樹木で、
実はこのナツツバキ [沙羅の木]とは別の種になります。
気候の異なるインドに生育する沙羅双樹は、残念ながら日本では育ちませんでしたが
いつの頃かナツツバキを沙羅双樹に見立てて尊ぶようになりました。
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舘田 貴明
渓流沿い、アカソの地味な花が咲いています。
全国に普通に分布しているこのアカソは、麻という文字が入るように
繊維から糸を紡ぐことができます。
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舘田 貴明
ホタルブクロが咲く時期は、ホタルが飛び交う時期と重なります。
那須連山から水を集め、茨城県を経て太平洋へと注ぐ那珂川流域には
豊かな自然が残されていて、あちこちでホタルを見つけることができます。
暗闇に舞うやわらかな蛍光の前では、言葉数も少なくなり
ただひたすら光のみを追いかけてしまいます。
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舘田 貴明
日が暮れてから咲き始める花は、朝陽を浴びる前に萎んでしまいます。
宵待草
「待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな 」
大正浪漫を代表する画家である竹下夢二の作品です。
宵を待って咲く花のように、陽の目を見ることもなく萎んだ儚い恋路を詠っています。
今でこそ竹久夢二の作品は、大正浪漫を代表すると賞賛されていますが、
広告や本の挿絵など大衆向けに数多くの斬新な作品を残してきたためか
当時の世間からの人気とは裏腹に、美術界からの評価はありませんでした。
夢二の詩からは、まるで己の境遇と重ねるように求めて叶わぬ哀しさを、
そこはかとなく感じさせてくれます。
森のコンシェルジュ
舘田 貴明